【東京 ゲストトーク『イラク チグリスに浮かぶ平和』: 綿井健陽監督】

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【東京 ゲストトーク『イラク チグリスに浮かぶ平和』: 綿井健陽監督】

10月15日東京スパイラルホールで『イラク チグリスに浮かぶ平和』上映後、 綿井健陽監督にご登壇頂き、トークイベントを行いました。司会はUNHCR河原直美が担当しました。

まず綿井監督がこの映画を撮られた理由や、監督とイラクとの関わりについてお伺いしました。(→同内容は仙台でのトークイベントレポートに掲載しておりますのでご覧くださいhttp://bit.ly/2cP3vaH) そして今年4月から5月にかけ、イラクのバグダッドを訪問した際の写真をスライドでご紹介くださいました。

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その後、会場の参加者から作品を観ての感想や質問が出されました。
(会場からのご質問)作品に、大変感銘を受けました。1つ気になったのは、おじいさん(アリ・サクバンの父)が「自殺が許されるなら今死にたい」と語っていたことです。自爆テロと自殺との関係がもし分かれば教えて下さい

(綿井監督)イラクに限らず、中東の国での自殺率は日本と比べると、一般的には非常に低いです。その自殺率の低い国で、なぜ自爆攻撃・テロが多発するのか、その関係性や理由を見出すことはできません。作品に登場したアリ・サクバンの父は、生き残った者としての罪悪感(サバイバーズ・ギルト)のような感覚を話していました。息子たちも孫も空爆や戦争の犠牲になった一方で、生き残った彼は「早く息子たちの元へ行きたい」と言っていました。自爆型の攻撃やテロは様々な国で起きていますが、最近でもトルコやシリアで結婚式が狙われるなど、攻撃の対象がより一般化されてきています。

イラク戦争が始まった頃は、米軍兵士や米軍と関係のある国の大使館、国連の現地事務所などが攻撃の標的となっていましたが、最近は人がたくさん集まる場所、車の駐車場、モスク、バスターミナルなどが狙われています。敵か見方かというより、「狙いやすい、紛れやすい、そして、恐怖をより植えつけられる」場所への攻撃へと拡がっています。

イラクでは開戦以来の13年間、地域によってもその状況は異なりますし、状況が少しは安定している時期もありました。でもこの数年は、過激派組織「イスラム国」の支配地域の拡がりを受け、いまイラク軍が大規模な攻撃の準備を進めています(注:10月17日、イラク北部モスルへ攻撃開始)。これによってまた、多数の死傷者や難民が出ると予想されます。ではこの攻撃で、「イスラム国」が壊滅、イラクに平和が来るかと言えば、それは無いでしょう。逆に恐らく、爆弾テロがもっとイラク各地、そして世界中にも拡散して、「イスラム国」支配地域が、単に別の地域や場所に移るだけだと思います。

(会場からのご質問)戦争で親を亡くした子どもや、障害を持った人に対してどのようなケアがなされているのか気になりました

作品の中では、米軍の施設に通って空爆被害の補償交渉をするシーンが出てきます。そこで米兵は「戦争被害への補償はしていない。我々は被害の調査をしているのみだ」と答えています。過去13年間には、米軍が誤爆を認めて謝罪、市民に賠償金を支払ったケースは、いくつかはあります。ですが、一般的には住民の戦争被害に対する米軍やイラク政府からの公的な補償は行なわれていません。

一方で、80年代のイラン・イラク戦争時には、徴兵で戦死した家族にはフセイン政権から「遺族年金」が出されていて、作品に登場した家族はその遺族年金が今も定期的に支給されています。イスラム教徒たちは、相互扶助の教えや精神があるので、近所の人同士がお金を出し合って家を建てなおす、親族を失った人の面倒をみるなど、被害者を支援する習慣は比較的根付いている方です。

障害を持つ人の支援を行なう団体はいくつかイラクにあるのですが、彼らへの金銭的な補償という意味では、イラク戦争の被害で障害者となった人たちは、満足な支援は受けられていません。

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(会場からのご質問)イラク戦争とは何であったのかをイラク市民の目線で追った素晴らしい映画だと思いました。中東などでもこの作品をぜひ観てもらいたいと思ったのですが、そのような地域で上映する機会はあるのでしょうか

これまで、中東だとドバイ国際映画祭、他にはフランス、ベルギー、ブラジルなどいくつかの映画祭で既に上映されました。特にドバイでの映画祭には中東からの外国人の方が多く参加されていて、シリア人やイラク人も多く見かけました。映画冒頭からずっと泣いていらっしゃる方もおられました。

作品を観たあるイラク人の若い映画監督からは「I saw my life. (私は自分の人生を見た)」と言われました。「観るのが辛かったけれど、自分の人生を振り返りながら、この作品を観た」という感想を後に聞き、それは嬉しかったです。

現在バグダッド市内には映画館は1つしかなく、治安や警備の理由からもイラクでの上映は難しいかもしれません。でも、この作品はどちらかと言うと、中東以外の国の方に観ていただきたいと思っています。

(会場からのご質問)作品に登場する家族を最初から長期で取材しようと思われていたのでしょうか

イラク戦争開戦以降、様々な人や場所を取材してきましたが、自分としてはいつも、「その後」というのを常に気にしています。街のその後、人のその後、意識のその後などの変化やプロセスを追いたいと思って取材してきました。そして、「攻撃される側、殺される側」から見たイラク戦争を描きたいと思っていました。

このアリ・サクバン一家に関しては、空爆直後の病院で初めて出会った時は無我夢中でカメラを回していました。当時自分は、あの病院にいた彼の娘たちは恐らく何とか助かっただろうと思い込んでいて、一週間後に病院を訪ねたんです。彼らは入院していると思ったのですが、カルテを見たら「死亡」と書いてありました。大変落胆しましたが、家族の住所がわかったので訪ねることが出来ました。

アリ・サクバン一家に何度か通ううちに、彼の家には遺影が多いことに気がつきました。聞いてみると、このイラク戦争だけではなく、80年代のイラン・イラク戦争でも家族を失っています。彼自身は、90年のクウェート侵攻当時は徴兵されていました。

そんな彼の人生を把握するうちに、このアリ・サクバンを通して、戦乱に翻弄された人たちの何か普遍的なもの、戦争犠牲者たちの気持ちや歴史が見えてくるのではないかと思うようになりました。彼は自らの体験や経験から湧き出る「自分の言葉」をもっています。そして、彼が私と年齢も近く波長が合って、彼の思いに自分の気持ちを何度も重ねたということも、長期に渡って取材した理由かもしれません。

しかし、まさか彼自身までが戦乱で亡くなるとは思ってもいませんでした。今にして思えば甘い考えなのですが、「もう彼と彼の家族には、これまで以上の悲劇はいくらなんでも起きないだろう。神様もそこまでの運命を彼らにはもたらさないだろう」と、思いこんでいたのです。でも、残念ながら現実は、これが戦争です。アリ・サクバン一家のような、戦乱で次々と家族や親族を失う人たちはイラクには多数います。この家族の人生こそが、私にとってのイラク戦争であり、映画を観ていただいた方には、彼の家族を通してイラクの人たちのことを、少しでも想像していただければ幸いです。

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PROFILE
綿井健陽(わたい・たけはる) 1971年大阪府生まれ。映像ジャーナリスト・映画監督。

日本大学芸術学部放送学科卒業後、98年からフリージャーナリスト集団「アジアプレス」に参加。これまでに、スリランカ民族紛争、スーダン飢餓、東ティモール独立紛争、米国同時多発テロ事件後のアフガニスタン、イスラエルのレバノン攻撃などを取材。イラク戦争では、2003年から空爆下のバグダッドや陸上自衛隊が派遣されたサマワから映像報告・テレビ中継リポートを行い、それらの報道活動で「ボーン・上田記念国際記者賞」特別賞、「ギャラクシー賞(報道活動部門)優秀賞」などを受賞。

2005年に公開したドキュメンタリー映画『Little Birds イラク 戦火の家族たち』は、国内外で上映され、2005年ロカルノ国際映画祭「人権部門最優秀賞」、毎日映画コンクール「ドキュメンタリー部門賞」)、「JCJ(日本ジャーナリスト会議)賞」大賞などを受賞。最新作のドキュメンタリー映画『イラク チグリスに浮かぶ平和』は、2014年から各地で上映中。「2015フランス・FIPA国際映像祭」で特別賞を受賞。
http://peace-tigris.com/

著書に『リトルバーズ 戦火のバグダッドから』(晶文社)、共著に『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか―取材現場からの自己検証』(集英社新書)など

Photo:UNHCR