【仙台 ゲストトーク『イラク チグリスに浮かぶ平和』: 綿井健陽監督】

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【仙台 ゲストトーク『イラク チグリスに浮かぶ平和』: 綿井健陽監督】

9月17日仙台の桜井薬局セントラルホールで『イラク チグリスに浮かぶ平和』上映後、映像ジャーナリストで本作品の監督である綿井健陽さんに御登壇頂き、トークイベントを行いました。司会はUNHCR河原直美が担当しました。

河原:どういうきっかけでこの作品を撮ろうと思われたのでしょうか。綿井監督とイラクとの関わりについて教えてください。

綿井監督:まずは皆さん、映画をご覧下さってありがとうございます。この作品の封切りは2年前なのですが、実は宮城県内ではこれまでに何度か上映の機会を頂きました。

イラク戦争開戦から10年となる2013年に、自分なりの総括と検証がしたいと思うようになりました。特に、今まで自分が出会ってきたイラクの人々が、その後どのような人生を送ったのか、「生き抜いた人はどのように生き抜いたのか」「亡くなった方はどのように亡くなったのか」、ちゃんと自分のカメラで記録したいと思ったのです。

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「死んだ子の年を数える」という言葉はネガティブな意味で使われることが多いのですが、私はそれをなんとか前向きに捉えて、イラク人たちの「その後」を伝えたいと思いました。しかし、3人の子どもが米軍空爆で殺害された主人公アリ・サクバンまでも亡くなってしまうことになり、それは大変ショックでした。それでも自分としては、撮影者として、また彼に関わってきた一人として、彼の死から未来に問いかけることがしたいと思ったのです。

私は湾岸戦争、冷戦崩壊といった1990年代前半代を大学生として過ごしました。当時ベトナム戦争の写真や本を見て、自分も現地に行って取材がしたいと思うようになりました。

***この後、監督は今年4月から5月にかけ、イラクのバグダッドを訪問した際の写真をスライドでご紹介くださいました。訪問の目的の1つはこの映画に登場した人々に映画完成の報告をすることだったということです。***

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<質疑応答>

質問:この作品を初めて観て感動しました。一方で、ジャーナリストという仕事は常に危険と隣合わせだと思います。シリアではジャーナリストの後藤健二さんが殺害されました。現場で危険を感じないのかということをお聞きしたいです。

綿井監督:仙台出身の後藤さんとは何度かお会いしています。大変勇敢で、且つ慎重な方であるという印象です。しかし、殺害されたとき、なぜあの状況で入っていかれたのか、自分も含め、周りも驚いていました。

イラクへ入ってしまうと、日常の市民生活は普通にあるので、危険を感じなくなることがあリます。私の場合は「危ない」と思えば、すぐにその場から立ち去るなど、自分なりの安全対策は取っています。とはいっても、イラク戦争以降、世界で6人の日本人ジャーナリストが命を落としました。皆さんベテランの方ばかりですが、殺害された時は、「こんな状況で?」と驚くような場所で亡くなっておられます。

私にとっては、「危険なところへ行く」というよりも、そこが「人が暮らしている場所かどうか」が大事なポイントです。イラクでは、自分がこれまでに出会った人がまだ同じ場所で生活をしているのなら、そこへ行って直接会い、取材をしたいと思うんです。でも一方で、「いまシリアに取材に行くか?」と聞かれたら、現時点では行かないでしょうね。その辺の判断は自分なりに慎重にしているつもりです。

質問:イラクの方々の対日感情はどのようなものだと感じますか?

綿井監督:イラクでは親日の人が多く、広島や長崎についても学ぶので皆よく知っています。今回上映した作品の中にはザイナブさんという方が日本の自衛隊イラク派遣について話すシーンが出てきます。これは日本に対する憎しみというよりも「日本がこのイラク戦争にどうかかわったのかということを、ちゃんと覚えておいて欲しい」という思いであると感じます。

実際に今イラク・バグダッドに行くと、日本の存在感はほとんどありません。2003〜2004年当時はよく「日本人ですか?」と街中で聞かれましたが、最近は全くです。電化製品や車、経済関係から、中東では韓国、中国の存在の方が大きくなっています。

質問:世界でこのようなことを訴えることは大事だと感じますが、イラク国内で上映はしたのでしょうか?

綿井監督:今回の上映作品は、まず海外版を制作し、ドバイ(UAE)、フランス、ベルギーなどの映画祭で上映しました。イラク国内では上映していません、バグダッド市内は、ナショナルシアターという映画館が1つあるのみです。治安の問題もあり、人が多く集まる場所で上映するというのは、なかなか難しいと感じます。でもいつかはイラクでの上映が実現したらと考えています。しかし、どちらかと言えば、イラク以外の国の方々に、イラクの人たちのことを知ってほしいという気持ちです。

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PROFILE
綿井健陽(わたい・たけはる) 1971年大阪府生まれ。映像ジャーナリスト・映画監督。

日本大学芸術学部放送学科卒業後、98年からフリージャーナリスト集団「アジアプレス」に参加。これまでに、スリランカ民族紛争、スーダン飢餓、東ティモール独立紛争、米国同時多発テロ事件後のアフガニスタン、イスラエルのレバノン攻撃などを取材。イラク戦争では、2003年から空爆下のバグダッドや陸上自衛隊が派遣されたサマワから映像報告・テレビ中継リポートを行い、それらの報道活動で「ボーン・上田記念国際記者賞」特別賞、「ギャラクシー賞(報道活動部門)優秀賞」などを受賞。

2005年に公開したドキュメンタリー映画『Little Birds イラク 戦火の家族たち』は、国内外で上映され、2005年ロカルノ国際映画祭「人権部門最優秀賞」、毎日映画コンクール「ドキュメンタリー部門賞」)、「JCJ(日本ジャーナリスト会議)賞」大賞などを受賞。最新作のドキュメンタリー映画『イラク チグリスに浮かぶ平和』は、2014年から各地で上映中。「2015フランス・FIPA国際映像祭」で特別賞を受賞。
http://peace-tigris.com/

著書に『リトルバーズ 戦火のバグダッドから』(晶文社)、共著に『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか―取材現場からの自己検証』(集英社新書)など

Photo:UNHCR