【東京 ゲストトーク『無国籍 ~ワタシの国はどこですか』: 陳天璽教授、谷川ハウさん】

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【東京 ゲストトーク『無国籍 ~ワタシの国はどこですか』: 陳天璽教授、谷川ハウさん】

10月10日、『無国籍 ~ワタシの国はどこですか』上映後、トークゲストとして早稲田大学国際学術院教授で無国籍ネットワーク代表理事の陳天璽 (CHEN Tienshi)さんと、映画に登場した谷川ハウさんが登壇されました。司会はUNHCRの伴めぐみが担当しました。

―『無国籍 ~ワタシの国はどこですか』は7年前の作品ですが、今日改めてご覧になっていかがでしたか

谷川さん:正直すごくつらかったです。7年前の自分ではあるのですが、これまで何を思って生きていたのかを改めて直視しなくてはならなかったからです。大学院を卒業し、仕事を始めてからはとにかくがむしゃらで、そういうことを思い返す機会も少なくなっていました。でも今日、改めてあの頃の自分を思い出しました。

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陳さん:はじめて大きな画面で観ました。この7年間で多くのことが変わりましたが、全く変わっていないこともあると改めて感じました。中には長いこと会えていない人もいるので気がかりです。

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―UNHCR難民映画祭では難民や国内避難民だけでなく、無国籍をテーマにした映画も積極的に上映したいと考えています。実は、今回の難民映画祭の候補作としてUNHCRに映像を送って下さったのは「無国籍ネットワークユース」の皆さんでした。自分たちで字幕を付けて応募してくれたんですよね。

陳さん:そうなんです。学生がたまたまこの映像を見つけて「字幕を付けて応募していいですか?」と聞いてくれました。恥ずかしかったし、選ばれないだろうと思ったのですが・・。今回の難民映画祭での上映は、ドキュメンタリーを制作したNHKや周囲の皆さんの助けを借りて実現しました。今日は応募してくれた学生たちも会場に来てくれています。

―この『無国籍 ~ワタシの国はどこですか』は2009年にTVで放送されたドキュメンタリーですが、決して過去のことではなく、今も続く心の葛藤を描いている作品だと感じます。作品にも描かれていましたが、無国籍者であることによって直面する課題はなんでしょうか

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陳さん:簡単に言えば、無国籍とはどの国にも国民として認められない状況を意味します。でもその状況は人によって大きく異なり、課題もそれぞれ違います。例えばハウさんは、日本の身分証上はベトナム国籍ですが、ベトナムからパスポートがもらえません。一方私のように身分証上は無国籍でも、台湾からパスポートが出るなど、人によって状況は実に様々です。

―さて7年が経っていますが、お二人のその後、また日本における無国籍者を取り巻く状況はどう変わったのでしょうか

谷川さん:私はこの番組の取材を受けたことで人生が大きく変わりました。放送から3年ほど経った頃に、この番組を観たプロデューサーの方から「映像に興味はないの?」と聞かれたのをきっかけに、今はテレビ業界で働いています。

まさか7年も経って学生さんが映像を見つけて映画祭に応募して下さり、ここに私が立つことなど想像していませんでした。今なお大きな影響力を持っている作品だと感じます。

無国籍の人々をとりまく状況は撮影当時も今もあまり変わっていないのではないでしょうか。無国籍の人々にとって一番つらいのは「無条件でここに居て良い」という場所がどこにもないと感じることです。どこに行っても「あなたは何者なのか、なぜここに居るのか、悪いことはしていないか」と常に問われ、それにうまく答えられないと、あたかもそこにいてはいけないような感覚をおぼえてしまう。自分が悪いことをしたから、そんな状況に陥ってしまったわけではないのに、そこからなかなか抜け出せない。そういう理不尽さは、変わっていないのではないかと思います。

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陳さん:この映画が撮影された当時は、在留資格のない無国籍者は外国人登録証を持つことが出来ましたが、その後制度が変わり、在留資格のない人には身分証が発効されなくなりました。日本は未だ無国籍に関する国際条約に批准していません。

<質疑応答>
(会場からのご質問)陳さんのご両親はなぜ台湾の国籍をとらなかったのでしょうか

陳さん:横浜や神戸の華僑の人たちは日台断交のときに、自分たちがこれからどうなっていくのか全く分からなかったんです。イデオロギーの問題がない人は、中国国籍への変更や日本への帰化を選択しました。そんな中、我が家はしばらくは情勢を見ようという考えで無国籍になりました。

(会場からのご質問)無国籍の方で小中高などの教育を受けられないという話を聞いたことがありますが、公教育へのアクセスはどうなっているのでしょうか

陳さん:日本の現在の法律だと、原則として教育へのアクセスは出来ることになっています。でも、そもそもそれを知らない人はいます。

伴:日本は子どもの権利条約へ加盟しているため、在留資格に関わらず教育へのアクセスはあるのですが、役所に登録されていないと通知が来ません。そうすると親がその情報を知ららず、結果子どもが学校で教育を受けることが出来ないという場合があります。

(会場からのご質問)映画を観ていて感じたのは、制度の問題が全てではないということです。私たちは無国籍者にどのように寄り添っていくことが出来るでしょうか。

谷川さん:私は「国籍がないなら、早く国籍とればいいじゃないか。そうしたら問題は解決するじゃない」というふうに無国籍の問題を捉えられるのが一番嫌なんです。どんなに努力しても国籍をとれない人もいます。国籍をとることがどれほど大変かも知らず、なぜその人に国籍がなくなってしまったのかを問うこともなく、ただそう片付けられるのが嫌でした。

私は「ほんとうに受け入れる」とはどういうことだろうと長いこと自問して来ました。難民の子どもは日本で生まれてもずっと難民のままなんです。また、高度経済成長期に日本へ来たベトナム難民の一世は労働力としては歓迎されましたが、言葉が通じない異国の地で、心身に不調をきたして働けなくなると、日本社会から不要とされてしまう。役に立つか立たないかでここに居て良いかどうかをはかられるという状況は、果たして本当に「受け入れる」ということなのかなと疑問に思います。

陳さん:今日会場に来てくださった方々には、無国籍者としてこのような人生を歩んでいる人がいるということを、多くの方と分かち合っていただけたらと思います。

PROFILE

陳天璽 CHEN Tienshi
早稲田大学国際学術院教授。無国籍ネットワーク代表理事。横浜中華街生まれ。筑波大学大学院国際政治経済学博士。30数年間無国籍であった自分の経験からハーバード大学、東京大学、国立民族学博物館において、無国籍研究、移民研究に従事。
2009年、無国籍ネットワークを創設し、無国籍者の支援活動を展開。主な著書に『無国籍』(新潮社)、『忘れられた人々―日本の「無国籍」者』(明石書店)など。

谷川ハウ
ベトナム難民の両親のもと、1985年に栃木県で生まれ、日本で育つ。宇都宮大学国際学部、京都大学大学院教育学研究科で学び、2013年から2年間、番組を制作するディレクターとして経験を積んだあと、現在は、番組の海外展開に携わっている。

Photo:UNHCR