ゲストトーク『人の望みの喜びよ』:杉田真一監督
10月10日『人の望みの喜びよ』上映後に杉田真一監督がトークゲストとして登壇されました。
―この作品はなんと言っても主演の2人が印象的です。姉の春菜と弟の翔太、本当に実在してそこで生きているように感じられました。翔太役の大石稜久くんは撮影当時は何歳だったんですか?
この物語の設定は5歳で、撮影当時大石稜久くんも5歳でした。
―どのように演技指導されたんですか?
脚本はありましたし、「ここでこう言って欲しい、こう動いて欲しい」という希望はありました。でもそれよりも、その時にそう思ったら言って、そう思わなかったら言わなくていい、というように翔太役の稜久くんの気持ちを尊重しました。
―姉の春菜を演じた大森絢音さんはいかがでしたか?
すでに演技経験が豊富な大森さんとは一緒に脚本を読み、たくさん話をしました。撮影初日は、春菜が震災に遭って家や両親を失うシーンの撮影でした。この時に彼女がカメラの前でどんな表情を見せてくれるのか、それによってこの作品の作り上げ方も変わるだろうと思っていました。ある意味、春菜を演じた大森さんがこの作品を作ったとも言えます。
―映画では本当の姉と弟に見える。撮影現場での様子は?
(春菜役の)大森さんは現場でもおねえちゃんという感じでいつも2人は一緒にいて遊んでいたという印象が残っています。
―この作品では大きな震災があったことは描かれていますが、阪神淡路大震災なのか東日本大震災なのかなどは特に特定されていません。どのような思いがあったのですか?
はっきりさせないでおこう、というのは脚本を書いたときから思っていたんです。私は14歳のときに阪神淡路大震災を経験していますが、この映画がいつのどの震災を描いているのかを特定してしまうと、「過去のあの出来事」というふうに観られてしまいます。そのように感じてもらいたくないという思いもあり、敢えて特定しないようにしています。
―なぜ『人の望みの喜びよ』というタイトルにされたんですか?
もともとバッハの「主よ、人の望みの喜びよ」という曲が大好きでした。この言葉自体が、この作品に合うなと思ったんです。脚本を書くときにも、このタイトルがテーマだと定めて、この言葉に向けて脚本も練っていきました。
―全体的にセリフはあまり多くなく、人物の表情やしぐさなどから伝わることが多いと感じました
観る人に、少しでも映画の世界に近づいて欲しいという思いがありました。例えば何もしゃべらないで弟の背中を見ている春菜のシーンでは「春菜は今何を思っているのか?」と観る人に考えてもらうことによって参加してもらいたいと思ったんです。そうすることによって初めて映画が完成すると思いました。また、説明をなるべく省いてシンプルにしていこうとはもともと考えていました。
―杉田監督の思いが反映されているのでしょうか、この作品からは悲しみだけでなく、あたたかいまなざしを感じました
脚本を書くときに、春菜が背負うものは大きいと常に感じていました。そして「例えばこのような思いで生きている子どもが自分の目の前にいた時に、それに対して僕達は何ができるのか。何かしたいと自分が思っても、相手の準備が出来ていないと相手を追い詰めてしまうことがあるかもしれない。相手の準備ができるまで待つのか、それともいますぐに何かするのか」など自問自答しながら書いていました。その思いが映画に出ているのかもしれません。
―今回監督にはUNHCR難民映画祭の「グッド・ライ」と「ホープ」の上映に足をお運び頂きました。ご覧になっての感想を教えて頂けますか?
まず「UNHCR難民映画祭」というタイトルを聞いたときに、自分の映画がこの映画祭に合うのか、どのように観られるのかという思いがありました。実際に難民映画祭に足を運び、難民を直接描いた作品を観てみたら「難民」と一言でシンプルに言っても、1人1人の人間の思いを描いていることに気付かされました。自分の中で「難民」に対しての思い込みがはがれ、以前より立体的に捉え、体温を感じるきっかけになりました。
―難民映画祭においてご自身の作品をどう位置づけますか?
それについては、観た方それぞれで持ち帰って考えて頂けたら嬉しいです。
―この作品は「難民」そのものを描いた映画ではありません。でも突然家を追われたり、大事な人を亡くし、悲しみや絶望感を感じながら新たな生活を始めなければならないというのは、難民が直面するのと同じ状況です。この作品を皆さんにご覧頂き、難民についてより身近に、自分のこととして考える機会にして頂きたいとの願いを込めて『人の望みの喜びよ』は難民映画祭の上映作品として選ばれました。
Photo:UNHCR
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プロフィール 杉田真一監督
1980年生まれ、兵庫県出身。大阪芸術大学映像学科卒。在学中に監督した短編『夢をありがとう』が新星学生映画祭観客賞受賞。 卒業後、阪本順治監督、山下敦弘監督、大森立嗣監督などの作品にスタッフとして参加。2011年、短編映画『大きな財布』を監督。国内映画祭で5つの賞を受賞、また海外の評価も高く、 ヨーロッパ、アフリカ、アジア、計6カ国の映画祭から招待を受ける。今作『人の望みの喜びよ』で長編監督デビュー。第64回ベルリン国際映画祭ジェネレーション部門にて、 最高賞に次ぐ”スペシャルメンション”を受賞。また、同映画祭”Best First Feature Award 2014(新人監督賞)”へノミネートされる。