ゲストトーク『三つの窓と首吊り』:黒澤啓教授
10月12日に上映された『三つの窓と首吊り』のトークゲストとして共立女子大学国際学部国際学科の黒澤啓教授が登壇されました。
同作品の上映前には、コソボ紛争の背景を説明してくださいました。コソボ紛争は、セルビアの自治州だったコソボでアルバニア人による分離独立の動きがきっかけで始まりました。1998年から武力紛争に発展し、99年にNATO(北大西洋条約機構)がセルビアとコソボの両方を空爆しましたが、同作品はコソボの空爆の3日前にアルバニア人女性がセルビア人によってレイプされたことをとりあげた内容です。当時は、セルビア人がアルバニア人に対して、民族浄化の一環としてレイプや剥奪など繰り返し行っていたようです。また、コソボでは喫煙が広く行われていること、アルコール度数の高い蒸留酒ラキが飲まれていることなど、作品の中で頻繁に描かれているコソボに住むアルバニア人の習慣についても説明していただきました。
©UNHCR
上映後のゲストトークでは、ご自身がこれまで携わってこられたコソボ支援の様子も踏まえて、お話ししてくださいました。
―バルカン地域の専門家として、今回の作品をどうご覧になりましたか?
黒澤:コソボがセルビアを一方的に批判する作品かと思い、こういう映画があると民族和解は難しいと考えていましたが、実際に鑑賞すると、映画監督がセルビアへのうらみを煽るためではなく、世界の紛争で(レイプなどが)起こっていることをどう捉え、人々はそれに対しどのように行動するかを考えさせるために制作したもので、セルビアでも上映されたことに驚きました。同作品では、アルバニア人の被害をとりあげてますが、観る方が客観的に事実を捉えることが大事だと思います。セルビア人とアルバニア人は双方が加害者であり、かつ被害者でもあるのです。
―同作品ではアルバニア人の被害を扱っていますが、セルビア人の被害はどうだったのでしょうか?
黒澤:紛争後はコソボに住むセルビア人が難民としてセルビアに逃げました。コソボにいるセルビア人がマイノリティーとなり、今度はアルバニア人に虐待を受けるという状況になりました。コソボ紛争から10数年経過しても、恐くてコソボに戻れないセルビア人が大勢いるのです。コソボの北部ではセルビア人が固まって生活しているので比較的安全ですが、南部のエンクレーブ(セルビア人居住地域)ではアルバニア人によるセルビア人の襲撃が起こったりしています。
―戦時下の性暴力は戦後どのような問題があるとお考えですか?
黒澤:誰が加害者で、誰が被害者なのかをきちんと見極め、加害者には処罰を、被害者にはケアを行うことが、その後の和平や民族和解に必要だと思います。レイプされた女性たちは被害者にもかかわらず、今もずっと罪悪感を持ち続けています。同作品でもレイプされた女性たちへの同情はなかったですね。村長は村そして自身の家族の対面を保つために村でレイプがあったことを認めていなかったですが、それでは被害者は報われないでしょう。
―本作品では難民は直接描かれておりませんが、紛争時の難民の様子はどうだったのでしょうか?また、紛争からの復興、開発についても教えてください
黒澤:セルビアには未だに多くの難民がコソボに帰還できないでいます。多くの子供たちは避難先で生まれ育ち、コソボに戻れません。2013年にセルビアの首都ベオグラードで、JICAとユニクロ、特定非営利活動法人ACC・希望が協働し、避難民の子どもたちに買い物の楽しみを伝えるプロジェクト(Clothes for Smile)を行いました。
さて、紛争では、アルバニア人85万人が逃げましたがすぐコソボに戻りました。紛争後は、セルビア人は20数万人が逃げ、そのうち21万人が未だにコソボに戻れません。帰還後の問題としては、家が壊されていたり、ライフラインがないなどのほかに、難民が帰還した際にその場所に居続けた住民に受け入れてもらえるのか、ということがあります。戦時下、村に残った人には我々が地域を守っており、国外に避難した人は国際社会の支援を受けていて不公平だという気持ちがあり、住民同士の軋轢も生じます。避難民であるセルビア人が帰還するには、地元のアルバニア人との和解が必要です。ボスニア紛争の際に虐殺のあったスレブレニツッアでは、JICAがセルビア人とムスリムの和解を促進するプロジェクトを実施していました。また別の民族和解プロジェクトとして、3年前には、日本政府が無償資金協力で、柳沢寿男氏が常任指揮者のコソボフィルハーモニー交響楽団に5,700万円の楽器を提供しました。
©UNHCR
―バルカン地域の社会構造のあり方で、ジェンダー問題として農村では父権制が根強く残っているように思います。また、コソボの都市部では紛争を乗り越えたように思いますが、農村地域は紛争後の発展から取り残されているような気もします。今日のバルカンにおけるジェンダーの問題や都市と農村の格差の問題をどのようにお考えでしょうか?
黒澤:コソボは女性が大統領を務めていたり、国会議員の3割を女性が占めているなど、女性の社会進出は進んでいるように思います。ただ伝統的には父権社会で、家族や親族を重視し、世帯での男女の役割分担が明確です。難しいことではありますが、こういう社会を変えていかないと本当の意味での男女平等は実現できないと思います。
コソボ国内の格差については、都市と農村に加え、アルバニア人とセルビア人の社会でもあります。そのため、民族和解が重要だと思います。
―現在、コソボとセルビアの関係はどうなっているのでしょうか?
黒澤:コソボは2008年に独立しましたが、独立を承認している国は111カ国にとどまり、まだ国連にも加盟しておりません。ただ、2013年4月にはコソボの統治権をセルビアが認めました。セルビアもコソボとの関係を正常化しないと欧州連合に入れないためです。コソボの独立は認めないというスタンスは変わっていませんが、2国間の関係改善に向けた大きな一歩です。
プロフィール/黒澤啓教授
共立女子大学 国際学部国際学科 教授。東京大学大学院(農学修士)、青山学院大学大学院(国際経済学修士)。国際協力機構(JICA)、外務省、国連(UNDP、UNHCR)にて開発援助や人道支援に従事した後、2012年4月から現職。1999年8月に、日本政府のコソボ復興支援ミッションに参加した他、2009年から2年半、JICAバルカン事務所長(ベオグラード)として、コソボ支援に従事。専門は、国際協力論、国際公共政策。