【大阪 ゲストトーク『イラク チグリスに浮かぶ平和』: 綿井健陽監督】

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【大阪 ゲストトーク『イラク チグリスに浮かぶ平和』: 綿井健陽監督】

10月22日大阪の朝日生命ホールで『イラク チグリスに浮かぶ平和』上映後、 綿井健陽監督にご登壇頂き、トークイベントを行いました。司会はUNHCRの河原直美が担当しました。

まず綿井監督がこの映画を撮られた理由や、監督とイラクとの関わりについてお伺いしました。(→同内容は仙台でのトークイベントレポートに掲載しておりますのでこちらもご覧くださいhttp://bit.ly/2cP3vaH)そして今のイラク北部モスルの状況について触れました。

綿井監督:この映画では、2003年から 2013年までの10年間のバグダッド市内の様子や人びとの暮らしを主に描きましたが、皆さんご存知のように現在、イラク情勢は緊迫しています。イラク北部のモスルという、過激派組織「イスラム国(IS)」が支配している街にイラク軍が激しい攻撃を開始しました。これまでも、米軍やイラク軍はこうした街への「総攻撃」を過去何度も行なって来ましたが、今回は規模が大きく、多くの死傷者や難民が出ることが懸念されます。

今後どんな展開になるか非常に憂慮していますが、遅かれ早かれモスルの街自体はイラク軍が制圧すると思います。しかし、ではその後にイラクや中東に平和が訪れるか、あるいは「イスラム国(IS)」が壊滅するかといえば、それは無いでしょう。制圧の後は、報復の攻撃や爆弾テロがイラク各地や欧州で、再び起きるのではないでしょうか。「イスラム国」のメンバーとは、何もモスルという街だけにいるのではなく、世界中にその信奉者がバラバラで存在するわけです。それに対して、「武力には、より大きい武力を」「暴力には、より大きい暴力を」という方法や戦略が断ち切られない限り、「イスラム国(IS)」による破壊・暴力行為も、政府や国家の側の暴力もずっと続いていくと感じます。

*このあと監督は今年4月から5月にかけ、イラクのバグダッドを訪問した際の写真をスライドでご紹介くださいました。
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今回のバグダッド取材の目的のひとつが、映画に登場した家族と再会し、映画の完成を報告することだったそうです。写真は主人公のアリ・サクバンの妻と子どもたち。(右からゴフラン19歳、ファティマ11歳、 父の遺影を抱えるユセフ7歳) ©綿井健陽

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写真左は車いすテニス選手のザイナブさん。今年夏にリオのパラリンピックが開催されましたが、イラクは車いすテニスの出場を見送ったため、ザイナブさんも出場の機会は得られませんでした。でも、今も毎日自主練習に励んでいるそうです ©綿井健陽

スライドのご紹介の後、会場の参加者から作品を観ての感想や質問が出されました。
(会場からのご質問)私は学校で難民について学んでいます。戦争をなくして世界が平和になるためにはどうすればいいのか、監督が現地に行かれて感じたことを教えてください
綿井監督:今から20年前、私が大学生のときに難民支援をしているNGOの方に出会いました。その方は「難民の『難』は、単に場所的な避難の難ではなく、戦乱や紛争によって直面する困難の『難』も意味する」と話していました。その困難な状況にある人たちに、まず手を差し伸べることが必要だとおっしゃっていました。いま世界に存在する難民というのは、その経緯や困難のレベルがそれぞれ異なり、本当に一括りにして語れないと感じます。人によって置かれた状況は大きく異なりますが、日本の難民に対する政策は世界の他の国と比べると、とても冷たく、社会の側の受け入れも進んでいないと思います。

私自身は1990年代の大学時代、べトナム戦争の映像や写真を通して、戦争について学びました。ベトナム戦争の写真を撮った日本人のジャーナリストやカメラマンは当時たくさんいましたが、岡村昭彦さんという写真家が「難民を撮るなら、戦争も撮るべきだ」と語っています。つまり、難民が逃れてきているという状況は、川で例えるなら下流の部分で、その川の上流で一体何が起こっているのか、私たちは伝えなければならない、それを把握しなければ、難民問題の根本的な解決はないということです。

私はもちろん難民の取材もしますが、戦争が起こっている場所の日常や生活も記録したいと思っています。たとえば、一人の遺体の映像や写真だけを見せるのではなく、その遺体の前後で、その人はどんな生活や人生を誰と送っていたのか、その人の「生きていた時間」や「あり得たかもしれない人生」を伝えたいと考えています。その人の固有名詞としての名前や顔や表情、その人の生活、人生、家族たちが見えれば、「それがいま、戦争によって断ち切られた」ということが、より身近に感じられると思います。そして遠い戦争ではなく、自分とさほど変わらない人たちのこととして、戦乱や戦争によって、社会や生活で何が奪われていくのか、少しは想像することが出来るのではないでしょうか。

それをちゃんと見つめたうえで、では自分たちが戦争に対してどんなアクションや行動を起こすか。この映画に出てくる車いすテニスプレイヤーのザイナブさんは、「米軍だけではなく、イラクに軍隊を送った全ての国に戦争の責任がある。日本の自衛隊もそうです」とはっきり答えています。当時の小泉純一郎政権のイラク攻撃支持や、在日米軍基地からも多数の米兵や戦闘機・ヘリコプターがイラクに向かいました。私自身はいつも言いますが、「何をすべきか」よりも、「何をしてはいけないのか」。特に国家や政府に、「何をさせてはいけないのか」。少なくとも、自分が住んでいる国の政府や政権が暴力行為や軍事活動の支援や加担をすることだけは、「してはいけない、させてはいけない」最低限のことだと思います。
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(会場からのご質問)戦争によって被害を受けるのは一般市民です。フセイン政権下と今とどちらの方がより普通に人々が生活を送っていると感じますか
綿井監督:
これは人によって捉え方が大きく違います。一言で「イラク人」といってもその人がどの地域に住んでいて、何の宗派に属しているかによっても大きく異なりますし、一概には語れません。たとえば、この映画に登場するバグダッドに住んでいる人たちと、イラク北部のクルド自治区に住んでいる人たち、いま「イスラム国」の支配下にある人たち、それぞれ普段の生活状況が大きく異なるでしょうね。

でも、この映画に登場したバグダッド市民が開戦から10年の時に、口を揃えて言ったのは「フセイン政権の方が、まだましだった」という言葉でした。特に治安に関しては、「フセイン政権下の方が良かった」という声が圧倒的多数です。でも、「では、フセイン政権時代の独裁体制に戻りたいですか?」と聞くと、「それは嫌だ」という声も数多く、治安安定と政治体制の関係には、複雑な思いを抱えています。

2011年の「アラブの春」を皮切りに、自由や民主主義を求める波が中東各地に起こりましたが、しかしその後、民主主義は社会にはなかなか根付いていません。むしろ逆に、いま世界中に吹き荒れているのは「暴力主義」ではないでしょうか。その暴力は、単に「イスラム国(IS)」といった過激な思想をもつ組織によるものだけではありません。イスラエル、シリア、イラク、トルコ、エジプトなどが特に顕著ですが、まず国家や政府の側が、少数派や市民への暴力的な政策や強権政治を改めない限り、それに対して暴力的な行動を取る人や組織はまた必ず現れます。米国大統領選挙候補者のトランプ氏や、現在のフィリピン大統領の最近の発言を見ても、そして日本の政治も含めて、この政治の「暴力主義」「暴力言動」「暴力行動」とどう対峙し、どう克服していけるか、そして、それらを支持する人たちをどんな言葉でもって説得できるか、それらはとても困難ですが、今後の日本と世界情勢の未来を左右する大きなカギになると思います。

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トークイベント終了後も「綿井監督に質問したい」「意見交換したい」という参加者の方が大変多くいらっしゃいました。難民映画祭開催中、仙台、札幌、東京、大阪全ての開催地でトークイベントを引き受けて下さった綿井監督、そして積極的に意見や質問を出して下さった参加者の皆さん、どうもありがとうございました!

PROFILE
綿井健陽(わたい・たけはる)
1971年大阪府生まれ。映像ジャーナリスト・映画監督。

日本大学芸術学部放送学科卒業後、98年からフリージャーナリスト集団「アジアプレス」に参加。これまでに、スリランカ民族紛争、スーダン飢餓、東ティモール独立紛争、米国同時多発テロ事件後のアフガニスタン、イスラエルのレバノン攻撃などを取材。イラク戦争では、2003年から空爆下のバグダッドや陸上自衛隊が派遣されたサマワから映像報告・テレビ中継リポートを行い、それらの報道活動で「ボーン・上田記念国際記者賞」特別賞、「ギャラクシー賞(報道活動部門)優秀賞」などを受賞。

2005年に公開したドキュメンタリー映画『Little Birds イラク 戦火の家族たち』は、国内外で上映され、2005年ロカルノ国際映画祭「人権部門最優秀賞」、毎日映画コンクール「ドキュメンタリー部門賞」)、「JCJ(日本ジャーナリスト会議)賞」大賞などを受賞。最新作のドキュメンタリー映画『イラク チグリスに浮かぶ平和』は、2014年から各地で上映中。「2015フランス・FIPA国際映像祭」で特別賞を受賞。
http://peace-tigris.com/

著書に『リトルバーズ 戦火のバグダッドから』(晶文社)、共著に『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか―取材現場からの自己検証』(集英社新書)など

Photo:UNHCR