【大阪 ゲストトーク『ソニータ』:鵜塚健さん】

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【大阪 ゲストトーク『ソニータ』:鵜塚健さん】

10月23日大阪のナレッジシアターで『ソニータ』上映後、毎日新聞社の鵜塚健さんにご登壇頂き、トークイベントを行いました。司会はUNHCRの古本秀彦が担当しました。

―(古本)鵜塚さんはイランにおいて政治、国際関係、そしてアフガン難民を含めた幅広い取材の経験がおありです。まず『ソニータ』をご覧になり、どのような感じられましたか
鵜塚:この作品は全編にわたってアフガン難民の直面する厳しく悲しい現実を突きつけます。同時に主人公のソニータが幾つもの壁を乗り越える姿に、勇気と希望をもらえる素晴らしい作品だと思います。

私はこの作品の主人公ソニータは3つの壁にぶつかったのだと感じました。「アフガニスタン社会の壁」「イランでのイスラム社会の壁」そして「難民としての壁」です。

1つ目の「アフガニスタン社会の壁」というのは、例えばアフガニスタンの女性が直面する慣習です。親がお金を得る代わりに娘を嫁がせるといった因習もそのひとつです。イスラム社会では今でもお見合い結婚が多く、そこで金銭のやりとりがなされることがあるのも事実です。ただ、イランにある子ども保護センターのスタッフがソニータの母親に「これは人身売買ではないか」と詰め寄るシーンが出てきたように、同じイスラム社会でもアフガニスタンとイランとでは考え方に違いがあるんです。ですからこうした慣習は、イスラム社会のというよりもアフガニスタン特有の慣習であるといえます。アフガニスタンが最貧国の1つであるということも、こうした慣習が維持されていく要因ではないでしょうか。

2つ目は「イランでのイスラム社会の壁」です。イランはイスラム教を厳格に適用する国のひとつです。女性の社会参加も進んでいる一方で、一部規制されている部分もあります。女性を不特定多数の男性の目にさらすということが適切ではないという考え方により、ソニータのように女性が独唱するということはイランでは許されていません。

音楽に関しても、それがイスラム社会に適合したものかどうかの審査があります。イランには「文化イスラム指導省」という役所があり、全てのアーティストは曲や歌詞を提出して審査を受けなければなりません。だから正規の審査を通さず音楽活動をするソニータは難しい立場に置かれるわけです。

3つ目の壁は「難民としての壁」です。イランは多くのアフガン難民を受け入れていますが、難民としてその権利は限られています。ソニータが不動産屋をまわって家を探しているとき「イラン人の身元保証人がいないとアフガン難民に部屋は貸せない」と言われるシーンが出てきました。そのように一定の壁があるのも事実です。

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―イランにいるアフガン難民はどのような状況で生活をしているのか教えてください
2015年のUNHCRのデータによると、イランには認定されたアフガニスタンやイラクからの難民が100万人います。トルコ、パキスタン、レバノンに次いで多い数です。難民として認定されれば教育や医療を受けることが出来ます。テントなどに住んでいる難民はほとんど見かけません。

―鵜塚さんはイランで地下バンドの取材もされていますね
はい、イランでは欧米の音楽に対して規制がある一方で、若い人は衛星放送やインターネットでそのような音楽に触れています。ペルシャ語のラップやロックも発達しており、こっそり地下で音楽活動をしている人もいます。そして音源を海外の放送局に送り、ネットや衛星放送を通じて活躍する人もいます。教育水準の高いイランでは権利意識も強く、水面下では厳しい規制に抵抗をしつつ音楽を続けている人々もいるのです。

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―(会場からのご質問)イランは多くの難民を受け入れているという話がありましたが、人道的な意味だけでなく、イランにとって難民受け入れはメリットがあると捉えているからではないかと思います。そうだとしたらそのメリットとは何でしょうか
確かにご指摘のように、アフガン難民は建設労働、清掃、マンションの管理人などに就いていることが多く、イラン人に比べたら賃金も安いです。人道上の面と労働力として受け入れているという面どちらもあるように思います。私自身、イランの難民受け入れの状況について批判的に見ていた時期もあるのですが、周辺国であるアラブ首長国連邦ドバイを訪れてみて変わりました。ドバイは天然資源に恵まれ大変豊かですが、とてつもなく安い賃金でインド、パキスタン、バングラデシュなどの出身者が雇われていました。ドバイであまりに劣悪な環境を見ているので、それと比べるとイランでの状況はだいぶ良いと言えます。多数の難民を受け入れ、同じような条件で雇用するというのはなかなか難しいことだとも思いますが、そう言った意味でイランから学ぶことはあると思います。

▼鵜塚さんの著書『イランの野望 浮上する「シーア派大国」』(集英社新書)について詳しくはこちら

PROFILE
鵜塚 健 (うづか けん)

1969年、東京生まれ、京都大学経済学部卒業後、毎日新聞社入社。大津支局、大阪本社社会部、外信部、政治部(外務省担当)などを経て2009年秋から2013年春まで3年半、テヘラン特派員を務めた。イラン国内をはじめ、「アラブの春」で揺れるエジプト、バーレーン、シリアなど周辺諸国でも取材を重ねた。現在は大阪本社地方部副部長で、平和問題や原発問題担当のデスクを務める。著者に「イランの野望~浮上するシーア派大国」(集英社新書)。

Photo: UNHCR