ゲストトーク@札幌:『グッド・ライ』(10/25)石井宏明さん(JAR) 

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ゲストトーク@札幌:『グッド・ライ』(10/25)石井宏明さん(JAR) 

10月25日の『グッド・ライ』上映後、認定NPO法人 難民支援協会(JAR)の石井宏明さんが    トークゲストとして登壇されました。

―映画冒頭で子どもたちが戦争から逃れて命からがら逃げるシーンがありました。最近ニュースなどでも難民問題が取り上げられていますが、実際に何がおきているかは見えにくい部分だと思います。石井さんはこの作品をどのようにご覧になりましたか?

『グッド・ライ』は難民の実態を非常によく表している作品だと思います。

難民支援協会の事務所では毎年平均して500人くらいの難民の方々から相談を受けていますが、映画の冒頭にあったような、命からがら避難をするような経験、それに近いことを多くの難民がしています。

今話題になっているシリアの難民も、近隣諸国のトルコやレバノンにとてつもない距離を歩いてたどりついています。さらにヨーロッパに着いても鉄条網が張り巡らされており、放水されて国境を越えることを阻まれたりもしています。

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―映画では第三国定住というかたちでアメリカに移動しますが、日本にも難民が第三国定住で来ています。その辺についてお話し頂けますか?

映画のように、隣国の難民キャンプから別の保護を申し出ている国に移動するのが第三国定住で、それ以外の方法、例えば自力で他国へと避難し、そこで難民申請をする人々もいます。第三国定住プログラムを関しては、日本はミャンマーやマレーシアからの難民を年間30人受け入れています。映画では、難民が職を探すのが難しい状況が描かれていましたが、とてもリアルな描写だったと思います。日本に来る人たちは日本語が話せないので特に大変です。また、受け入れ側の地域の人々の難民に対する理解の低さも、一般的にどの国でも共通して言えることだと思います。日本でも、映画と同じような場面で苦労をされている方がたくさんいます。

映画の中で、受け入れる側と難民との感覚のズレがコミカルに描かれていましたが、どのようにご覧になりましたか?

映画で、キャリーが独身であることが理解できなかった彼らのように、考え方が周りとずれてしまうのは、文化の違い、育った環境、バックグラウンドが違うので当然のことです。難民がこのズレによって困っているときに、周りの助けがあるかどうかはとても重要なことです。

―この映画では家族の統合がとても重要だという風に描かれていましたが、これについてはどうお考えになりますか?

家族は人の基本であり、とくに自分の故郷に帰れない、自分の未来は自分で切り拓かないといけない難民のような状況に陥った時に、一番頼りになる存在です。特に親が子どもの未来、教育のために海を渡ることを決意する人も多いです。日本に来ている人も、家族の呼び寄せを最優先に考えている人が多くいます。

―今、教育のお話しも出ましが、映画の中でマメールも医者を目指し一生懸命勉強を続けていました。

マメールの姿勢からは自己実現のためだけではなく、血がつながっていない兄弟を養っていくために保護者的な意味で頑張ろうという気持ちがとても伝わってきました。また、「チーフ」として自分が何とかしなくてはいけないという気持ちも強かったのだと思います。

―映画の中でキャリーがスーダン難民について学んでいき、自分がなんとかしなくちゃいけないと思うようになります。難民にとってキャリーのような理解者が必要だったと思いますが、その点はどう思われますか?

あそこまでやってくれることを期待するのは難しいですが、近くに支えてくれる人が居るのはとても大切なことです。支援団体が一人一人に対して出来ることは限られているので、身近な理解者の存在は彼らがその土地になじめるかどうかという問題に直接影響してきます。

難民への理解が少なく、職場等で困った人扱いされてしまうことがありますが、だからといって可哀想な人というレッテルを張りすぎてもいけない。普通に扱ってもらうことも重要なのです。この辺のバランスは難しいところですが、すごく大事なことです。

マメールがトラウマを爆発させるシーンがありましたが、そういった時にどういう支援をするかが大事であり、コミュニテイと支援団体がうまく結びつき、この映画で見せている支援が地域でできると理想的だと思います。

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Photo:UNHCR

プロフィール 石井宏明 認定NPO法人 難民支援協会(JAR)

難民支援協会常任理事。会社勤務を経た後、アムネスティ・インターナショナル日本に勤務。難民申請手続、入管・収容所への同行や面会、弁護士や他団体との協働支援などの実践を通じ国内難民支援に関わる。97年ピースウィンズ・ジャパンに就職。イラク・コソボ・シエラレオネなど、主に紛争地の現地事務所の代表を務める。99年に難民支援協会を立ち上げ、06年にスタッフとして事務局に加わり、現在に至る。一橋大学・大正大学で非常勤講師も務める(NGO/NPO論)