【UNHCR WILL2LIVE映画祭2019 日本映像翻訳アカデミー 翻訳チーム『イージー・レッスン - 児童婚を逃れて』 ディレクター/翻訳者 吉原明日香さん インタビュー】

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UNHCR WILL2LIVE映画祭2019」で日本初上映される『イージー・レッスン - 児童婚を逃れて』。映画祭で上映される作品の日本語字幕は毎年、日本映像翻訳アカデミー(JVTA)にご協力いただいています。故郷ソマリアから児童婚を逃れるため、単身ハンガリーにたどり着いた17歳の女性カフィアの日々を追ったこのドキュメンタリーの字幕制作を手掛けたチームの翻訳者は全員女性です。翻訳チームでディレクターを務めた、日本映像翻訳アカデミーの吉原明日香さんにお話を聞きました。

 

繋げる役目というのは私たちにできる難民支援の一つ

 

――吉原さんが翻訳のお仕事を目指したきっかけは? 

吉原:海外作品が好きな両親の影響を受けて、小さい頃から映画やドラマが大好きでした。母親は英語が好きでしたので、英語で映像作品に触れる機会が多かったですね。中学生になって授業で英語を学び始めると、自分の知っている英単語も増えて、ドラマを観ていても短いセリフだと意味がわかるようになってきたんです。ある日、自分が学んだ日本語訳と全然違う翻訳をしている字幕作品を観て、これはなぜなんだろう、と思ったことがきっかけになって、翻訳の仕事をやってみたいと思うようになりました。

 

――翻訳者としてお仕事を始めるようになったのはいつですか?

吉原:201510月に日本映像翻訳アカデミーに入学して、2016年から翻訳者としての仕事を始めました。そして、ディレクターとして「国連UNHCR難民映画祭2017」では『カイエ・アフリカン 〜暴力の記憶』、「UNHCR難民映画祭2018」では『君たちを忘れない 〜チョン・ウソンのイラクレポート〜』を担当しました。

 

――今年の「UNHCR WILL2LIVE映画祭2019」では『イージー・レッスン - 児童婚を逃れて』のディレクターを務めていらっしゃいます。吉原さんは映画の主人公カフィアと年齢が近いと思いますが、作品をご覧になっていかがでしたか?

吉原:主人公の女性カフィアの内面をとらえた繊細なドキュメンタリーだから吉原がいいのではないかということで抜擢していただいて、担当しました。この映画は一人の難民の女性に焦点をあてて、彼女の日常にフォーカスしている作品です。私がこれまで担当した難民をテーマにした映画とは全然違ったので新鮮でしたし、衝撃を受けました。私たちが過ごしている日常の生活や平和が当たり前じゃないということはわかっていたつもりですが、この作品を翻訳することで、平穏な日々を奪われてしまう状況が本当にあるんだということを感じました。とても静かな映画なんですが、それは彼女の中で抑えている感情があるからこその静けさ。静かだからこそ、彼女が秘めている思いを表に出せない状況だということが、とてもよく伝わってきました。そして、彼女の内面から湧き上がる言葉は、自分に突き刺さる言葉がとても多かったです。

 

――翻訳チームとして、この作品の字幕制作で一番悩んだところは?

吉原:この作品の翻訳者7人全員が女性で、ディレクターの私を含む8人のチームで字幕を制作しました。一番悩んだのは、主人公カフィアの口調です。カフィアは17歳。大人になりつつも、子どもの無邪気さを残した微妙な年代でもあります。そのため翻訳者の受け取り方によって、カフィアにふさわしいと感じる口調にちょっとした差があり、出来上がった字幕の初稿では口調に少しズレが生じました。彼女の口調の微妙な揺れをチームとして字幕でどう揃えていくかということに翻訳者は悩んだようです。

 

――吉原さんはディレクターとして、カフィアの口調をどのように揃えたのでしょうか?

吉原:ギリギリまで悩みました。映画の冒頭で楽しげに話しているところは、です・ます調の丁寧な口調だと硬すぎるなと思って、カジュアルにしました。けれども、カフィアが学校で先生と話しているシーンは、カジュアルだとやや不自然だなと思い、です・ます調にしました。映画をご覧になる方が違和感なく受け取れるようにするにはどういう口調に翻訳すればいいのだろうかということは、この作品の字幕制作で最も苦労したところです。カフィアは最初の方は無邪気な雰囲気がありますが、映画が進むにつれて、自分の内面を吐露するシーンが登場するなど、彼女の深刻な背景が映し出されていきます。そういったときに、字幕で表現される彼女の口調一つでニュアンスが全く違ってくるので、チームの皆も翻訳するにあたりとても大変だったと思います。

 

――翻訳者のみなさんと特に話し合ったシーンは?

吉原:カフィアがお母さんに対して、独り言のように言っているシーンです。あまり直訳にしすぎると硬くなってしまうので、彼女が孤独を感じている心をすごく繊細に訳したい。でも、それを日本語で伝えるには、どういう表現がいいのか、と字幕制作チーム全員で悩みました。

 

――この作品は若い女性に観てほしい作品ですよね。

吉原:本当にそう思います。これは私自身もですが、難民問題と考えると難しくて、理解しているようで理解ができていない部分もあり、自分にとって遠い問題でした。けれども、この作品は一人の女の子を追った作品というのもあって、自分にとっても共感できる部分がありましたし、若い女性の方にとっては共感しやすい作品だと思います。

 

――映画の中でカフィアは、自分の背景を言わなければ私が難民であることに気づかないだろうと話していますよね。

吉原:気づかないでしょうね。私も、彼女が話す「皆は知らない。私がどんな環境で育ってきたのか」というセリフがすごく突き刺さりました。周りの人たちは彼女に何があってハンガリーで生活しているのかわかっていないけど、カフィアが、私はこのような状況に置かれて、本当はこんなふうに思っているという胸の内を吐き出しているシーンはすごく胸に刺さりました。

 

――映画の中で、カフィアは恋をします。この恋人との関係も重要ですよね。

吉原:この映画の最後のテロップで「恋人」という言葉が出てきます。そのテロップは私にとってはとても衝撃的な事実でした。この「恋人」という言葉は、翻訳者の方が最初は「彼氏」という表現を使っていたんですよね。カリファは17歳なので「彼氏」という表現を使うとは思うんですけど、映画の最後でテロップで「彼氏」という翻訳は、この事実を表現する上で重みがないと思って、最終的に私の判断で「恋人」という言葉に変えました。また、この映画はカフィアの表情にも注目してほしいです。彼女のセリフがないところでもちょっとした表情が印象に残っています。表情だけで彼女が内に秘めている様々な感情がとてもよく伝わってくる作品だと思います。

 

――吉原さんはこの翻訳に関わる前から、難民問題はご存知でしたか?

吉原:正直に言うとあまりよく知らなくて、自分とは関係がないことと思っていました。映画祭をきっかけに関心を持つようになりました。ニュースで見るよりも、映画を通して難民について知る方がわかりやすいです。ドキュメンタリー作品であれば、難民の人たちの言葉がすごく入ってきやすい。世界中にはいろいろな映画祭がありますが、難民問題にポイントを絞った映画だけを観られるというのはすごく貴重ですし、毎年この映画祭で様々な作品を観て、難民問題に関心を持っていく方がどんどん増えていくというのは、とてもいいことだと思います。

 

――難民支援で私たちにできることはどんなことがあると思いますか?

吉原:私はこの映画祭がきっかけで、世界の難民問題を知りました。それからは、自分の関わった作品の情報や、翻訳を通して知った事実を周囲に伝えることが、自分にできることなのかなと思うようになりました。すごく小さなことですけれど、難民問題に関心がない方に「自分も関心がなかったけれど、映画をきっかけに知るようになったんだ」と自分から話すことで親近感を持ってもらえるのではないかな、と思ったんです。ですから、「この映画を観たことでこんなふうに思った」とか、映画の感想を友達に話すだけでも、どんどんそれが伝わっていくと、難民問題に関心を持つ方が増えるはずです。繋げる役目というのは私たちにできる難民支援の一つかと思います。

 

――吉原さんは将来どんなディレクター、翻訳者を目指していますか?

吉原:私はLGBTQをテーマにした作品がとても好きで、このテーマに特化した映画祭でボランティアスタッフをした経験があります。そして、「UNHCR WILL2LIVE映画祭2019」では、ディレクターとして字幕制作に関わりました。将来は「世界や社会の問題を伝える作品の翻訳だったら、吉原明日香だよね!」と言われるようになることが目標ですね。

 

――最後に「UNHCR WILL2LIVE映画祭2019」に関心を持っていただいている方へのメッセージをお願いします。

吉原:『イージー・レッスン - 児童婚を逃れて』は、一人の女の子の日常を追っている作品なので、彼女の成長や葛藤というのは共感できることが多いと思います。この作品をきっかけに難民問題に関心を持っていただけたらと思います。翻訳は正解がないので、これでいいのかな、という思いが常にあります。ご覧になっていただいた方の声がこの映画祭で字幕制作をしている翻訳者のみなさんのモチベーションに繋がりますので、私たちが制作した字幕を観た方の感想をぜひ聞かせていただけたら嬉しいです。

 

(文・武村貴世子/国連UNHCR協会広報委員)